記述の基体(がらくた)

【ブログ】日々の思ったことを徒然なるままに書いております。【世界観】人は動物のように本能で現実に向き合っているのではなく、言語を通じてのシンボル体系としての世界、その世界の中の私(自我)という物語で現実にしがみついている。【取り組み】(1)意識ファースト!意識がよければ何でもOK。そのためのよりよい社会や世界に向かう。(2)卓越した創作をしたい。そのためにはより多くのゲシュタルト(パターン・観念・概念)を獲得→世界でよく行動し、読書。【価値観】結局は「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」【プロフィール】東京出身のアラサーです。※基本殴り書きで校正しておりませんのであしからず(というよりいい感じで汲み取ってください)著作権についてはオプトアウトに対応させていただいております。何かに共感された方はご連絡ください。 【コメント欄へのフィードバックお待ちしております。個人的な質問、反論、脅迫などはTwitterへお願いします。】

2018/06

第二言語習得の分野でi +1理論というのがある。自分が7−8割くらい理解できるくらいのインプットをすることで語学力がUPするということ。というか、むしろこれでしかUPしないという理論。

私はこれを概ね信じているが、よく考えるとあらゆる体験や経験においても示唆のある理論だ。

語学で一番楽しいのはたしかにこの状況である。私の経験からしても。
これは経験一般に敷衍できるだろう。

ドワンゴの川上さんがコンテンツは「わかりそうでわからない」のが一番いいといっていた。
また、プロ奢られいやーさんも既知 8 未知2が一番おもしろいと言っている。

そう考えると、われわれ個人個人の経験やもって生まれたもの、それにより作られた今の価値観などはもちろん各々異なっている。

では、本当に面白い経験とは何かといえば、それはカスタマイズしなくてはいけない。

コーチングとは、その人を理解し、i+1を設計してあげる人なのであり、それはダイエットや語学など具体的な目標のためにだけ使うべきものではなく、むしろ善く生きるために必要なものだと思った。

ビジネス界において、リクルートの藤原和博さんの「レアカードにならないと稼げない」という話をしらない人は少ないだろう。以下の動画で見れるし、こちらで講演の全文も読める。



藤原さんによると、100万人に1人の希少性のある人材になれば、大体年収1000万から1億円ぐらいは絶対いくという。そして一つの分野で100万人に1人になるのはオリンピックに出るようなもので非常に過酷な競争であるが、まずは100人に1人を目指し、3つの領域でそれを実現すれば100の3乗で100万人に1人の逸材になるという。

一つの分野で100人で1番になるには、大体1万時間かかるという。これは長いか?短いか?1日3時間やる、365日やったら1000時間。そしたら10年。1日6時間ずつ取り組んだら5年なのだ。

藤原さんの場合、20代で営業とプレゼンで100人に1人になり、
27歳から37歳までマネジメントをやってさらに、100分の1、
そして、
第3の分野として、
「リクルート流の営業プレゼンとリクルート流のマネジメントをまったくリクルート流じゃないところ、ノンプロフィットの世界で試したらどうなるかっていうことに賭けた」
という。

ここで藤原さんの和田中学での実績は述べないが、この第3領域でも成功し、100万人に1人の人材になった。

今日は、この考え方が金を稼ぐというよりも、もっと広く生を充実するためにも非常に重要であることを主張したい。生が充実するとは、ようするに、幸せにいきる、ということとほぼ同じ。ただ、人間の意識状態は常に幸せになることはできないので、全体として「よい」といえるような生を、充実した生を自分は呼んでいる。

なぜ生の充実に、この3つの領域の掛け算が必要なのか。

それは、現代において、「俺がやらなきゃ誰がやる」というような機会がほとんど存在しないという問題がある。現代は自由の時代だ、みんな人に迷惑をかけなければ何をしてもいい。どんな生き方をしてもいいのだ。しかし、その物語が他者に承認されていなければだめで、その承認も、お金を稼げるというくらいまで一般化されなければ物理的にもサバイブできないのだ。

現代は、自由過ぎて、いろいろな生き方がある。情報に敏感な人ほど新たな機会に目を奪われ自分の生き方にコミットできなくなる。

私はけっこう幅広く、ベンチャー界隈の経営者や従業員、いわゆるエリート大企業、中堅の企業、中小企業、マイルドヤンキー、学生など交流しているつもりだが、ある程度「情報が入ってくる人たち」は、自らの進路に疑問を持つ可能性が高い。情報が入ってくるとは、同年代の他者などの自分とは違った生き方についての情報。それが一次的な情報であればあるほど大きい。エリートサラリーパーソンやベンチャー界隈の人は人と会うことが多いのでそういう傾向にある人が多い。逆にマイルドヤンキーやニートなどは、ある種情報が限られており、自分から新しい環境へも行こうとしないので、今の世界への臨場感が強い。要は世界観が凝り固まっており善悪の基準が明確。あとはその世界で頑張るか否かだけが問題となる。

自分の経験について述べる。

自分が今まで生きてきて幼い頃から変わってないエートス(行動規範、心の習慣)は、自分がやらなくても誰かがやると思えることは、やる気にならない、ということ。同時に、誰でもあると思うが、何か世の中を良くしたいとか、あっと言わせたいという欲望もある。現代においては、誰しもがこの2つのベクトルの間で揺れ動いているのではないか。ある程度、こうすればこうなるという場所で働かないと金を稼げない。一方で誰でもできるならなんか自分としては身が入らない、というのは近代以降の根本的な問題であろう。

そこで、
3つの領域の掛け算の経験が重要となる。これだけ経験を積むことで、初めて「俺がやらなきゃ誰がやる」という何かへの情熱が生まれるのであるから。現代において様々な情報の中でなにかにコミットするのは難しい。だから実体験で自らの経験を積み、その中で確固とした方向性を強めていくのがよい。もちろん、人間生きていれば誰しも何かしらの経験を積むので、30くらいになったら大体方向性を見出すかもしれない。でもそれがあまりにも現代資本主義社会のルールと異なることであればサバイブ自体も難しくなる。それゆえ、藤原さんのいうような戦略はよいし、今述べたように実存的な観点でも重要だ。

人は物語が安定していないと生が充実しない。安定しない。われわれはあらゆるものを自分の物語に沿って認識する。外部情報だけでなく内的な情報もだ。毎度異なる物語を拵えていては認識がばらばらとなり生は充実しない。まずは物語を安定させて、初めてわれわれは山登りを始められる。現代においては山登りすらまだ始めておらずふらふらとさまよっている人も多い。

正直、藤原さんのいう100人の1人というためのスキルの定義の明確度とそのレベルをどう測るかはなかなか難しい。自分は32だが100人の1人のスキルを何か持っているだろうか。それを労働市場的な観点から見ると判断が難しいが、費やした時間からすればインターネットビジネス✕哲学✕中国にはそれなりに時間をかけてきた。まだまだ専門性を持っているとはいえないので、この分野で自己の物語を確立していきたいと思っている。

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