記述の基体(がらくた)

※基本自分の備忘のために書いています。殴り書きで校正しておりませんのであしからず(というよりいい感じで汲み取ってください)著作権についてはオプトアウトに対応させていただいております。何かに共感された方はご連絡ください。

2018/01

ブロックチェーン・レボリューション』を読んだが、巷で言われていることのほとんどがこの本に基いているというような印象を抱くほど、ブロックチェーンが世界をどう変えるかの物語を沢山用意している。ホリエモンとか野口悠紀雄とかが言うことも先取りされている感がある。技術解説とかではなく、世界にどういう影響があるか、私たちの生活、生にどう影響を与えるかという「本質」が掴める。(その信憑性は各自判断する必要があるが)

こういう本があることで、技術者はその技術の用途に大体の方向性を得るのである。




本書の一番重要なところをいくつか引用し説明する。これを読めば、ブロックチェーンがなぜ注目されるかの核心が掴める。

暗号通過が従来の通過と違うところは、発行にも管理にも国が関与しないという点だ。一連のルールに従った分散型コンピューティングによって、信頼された第三者を介することなく、端末間でやりとりされるデータに嘘がないことを保証する。5


神ほど全能ではないにせよ、このしくみはとんどもない力を秘めている。本書はこれを「信頼のプロトコル」と呼びたい。信頼のプロトコルをベースにして、世界中に分散された帳簿がその数をどんどん増やしている。これが「ブロックチェーン」と呼ばれるものだ。ビットコインも一種のブロックチェーンであり、今のところ世界最大規模のチェーンとなっている。6


〜従来の「情報のインターネット」に対して、ブロックチェーンは「価値とお金のインターネット」だと言えるだろう。ブロックチェーンは誰でも真実を知ることができるプラットフォームだ。7


なぜ記録なんかにこだわるのかって?真実は僕たちを自由にするからだ。分散型の信頼システムは、あらゆる場面に応用できる。絵や音楽を売って生計を立てたいとき。ハンバーグの肉が本当はどこから来たか知りたいとき。海外で働いて稼いだ金を、高い手数料をとられずに祖国の家族に送金したいとき。地震の復興支援にきて、崩れた家を立て直すためにその土地の持ち主を知りたいとき。政治の不透明さにうんざりして真実を知りたいとき。ソーシャルメディア上のデータを他人に利用されたくないとき。9−10

いかがだろうか。
 
われわれは普段、判断に必要な「真実」のために大きなコストを支払っている。そのコストが大幅に削減されるのがブロックチェーンの本質なのである。


抽象的なことばっかり書いていてもしょうがないので、たまには現実的なことを書きたい。

やっぱり世の中「楽しい」ことが一番求められている。「楽しい」に限定せず、「意識状態をよくする」なら何をすればいいか。ブレスト的に挙げてみよう。

  1. セックス
  2. 麻薬
  3. 飲み会
  4. コンテンツの消費
  5. 承認
  6. やりがい

思いついたままに挙げてみると、ちょっと自分の強欲ぶりに引いてしまったが一つずつみていこう。

1,セックス
たしかにセックスはしたいが、セックスだけならお金を払えばできる。でも素人のいい女とやりたいと誰もが思うだろう。これって結局肉体的な快楽よりも、「意味の消費」なのである。

2,麻薬
やったことがないので分からないし、非合法なので禁止だが、おそらく意識状態は最高のものになるだろう。でも、僕らは80歳くらい生きるわけだしそれを前提で考えないといけない。でも意識状態ファーストを突き詰めたら、麻薬の気持ちいい状態でそのまま意識を失って現実の世界に戻ってこないことがベストという極論もありえる。でも、今考えているのが現実の世界なので、それを正当化することはできなそうだ。

3,飲み会
気の合う友達との飲み会は楽しいものだ。笑いあり共感ありコミュニケーション。これは家族、恋人、友人、仕事仲間など相手は問わず。これが、いわゆる「幸せ」なのかもしれない。

4,コンテンツの消費
お笑い番組を見たり、芸術的な作品を観賞することは面白い。


5,承認
やっぱり人は、自分がすごい人だということを認められたいだろう。仕事ができる、異性にモテる、笑いを取れる、などなど一般的に「すごい」とされる価値基準で人から承認を得たいのだ。そうすることで自分の物語が優れた物語として定着する。


6,やりがい
何かを達成したときの喜びだ。大きなビジネスのプロジェクトでもいいし、一人で読書して哲学書を理解したときでもいい。健全な幸せだ。

さて、人(というか僕)はこういう「よい意識状態」をめがけて、日々生きているといっても過言ではないだろう。

こうしてバラバラと6つ挙げてみたが、物語の安定をめがけるベクトルが人間の意識状態を規定している。承認と同じことだ。これは以前詳しく説明したが、人間は幼児期に最初に形成された全知全能の物語を核に持っているため、これに戻るべく果てしない欲望を持っている。全知全能の物語に戻るにはそうした状況を作りそれにリアリティを感じる必要がある。リアリティには人の承認が欠かせない。その他の5つも全て、物語が根底にある。何がいいことかというのも過去の記憶の蓄積の上にあるからだ。未来は過去から作られる。






僕は異なる分野にどんどん行きたがるのだが、なぜかというと今までは単純に「面白いから」「新しい体験がワクワクするから」程度に思っていたが、違う観点もあるかもしれないと気づいた。

自分が深く根付いた集団だと、どうしても同じような考えの人が中心になってしまい、one of themになってしまう。それだと自分の評価が相対的に低くなる。しかし、今までと違う環境にいけば、自分は異なる経験を持っていて輝く存在となる。

もちろん、新しい集団からすれば「自分たちのやり方をしらない未経験者」と悪い評価になるかもしれないが、往往にしてそれはただの僻みであり、どちらかというと新しい視点を持ち込める可能性を持った有望な人材なのだ。だから多様性ある集団がよい。一つの軸ではなく、みんなが尊重されればいい。(でも、多様性ありすぎるとまた各自の輝きは抑制されるのかもしれないが)

「いいね」ボタンから「率直だね」ボタンへシフトする流れにある。

もちろん、表現としては「率直だね」とはならないが、「何がよいか」つまり「いいね」の内実は、率直に生きることになる。

人は無理しなくていい。人それぞれ気づいたらもうある習慣を身に着けてしまっていて、どんな良し悪しの基準を持つか、どんなときに嬉しいか、悲しいか、モチベーションを抱くかは人それぞれである。だから、集団で何かを同じ方向にする場合、誰かは必ず無理をすることになる。

自分自身あるがままでも受け入れられてさらに生存することもできるような社会に向かっていく。

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