われわれの意識体験におけるあらゆる認識は、物語相関的である。

テーブルの上にコップがあるとする。

喉が渇いている人にとって、これは「喉を潤すもの」だ。一方で、激しく喧嘩している男にとっては、「相手に投げつける固いもの」である。各自の物語に相関して対象が認識されるのであり、世界には、こうした各自の物語を離れた「客観的」なるコップは存在しない。

いわゆる「客観的」と言われるものは、そのような物語相関の認識において大多数の人が共通の意味として認識する意味である。例えば、コップであればたとえ違う物語を生きる人々にとっても、大多数の人にとっては「飲料を飲むもの」だ。

さて、資本主義社会において、多くの人が日々ビジネスチャンスを狙い、そこには裁定が働き簡単に儲かるようなチャンスはない。なぜなら、多くの人が同じような物語で世界や社会を眺めているからだ。同じような、というのは大体同じような時間軸で同じような世界の範囲をベースに考えているということだ。

例えば、スタバの日本進出の際、多くの人はスタバの事業を「おいしいコーヒーを提供する場所」と考えるだろう。だから、直営店方式で展開したそのやり方に疑問を感じ、一般的なカフェチェーンは手っ取り早いチェーン展開をする。

しかし、スタバは自分たちの提供しているものを「サードプレイス」、つまり家でもオフィスでもないゆっくりできる場所の提供という物語を持っていた。だから果敢に、店内の世界観を保つために直営店というリスクを伴うやり方を取ったのだ。

時間軸を変える、範囲を広げる、提供しているサービスの価値を自分で定義するなど、普通の人と違った物語で世界を見ると、実はビジネスチャンスに溢れている。あとは、それを少数の仲間にシェアをして実行すればよい。